「セールスイネーブルメント」という言葉をご存知でしょうか。近年、BtoB営業の分野で話題のキーワードとなっているので、聞いたことがある方も多いかもしれません。注目を浴び始めているこの新しい概念を私達はどのように受け止め、取り入れていけばよいのでしょうか。この記事では「セールスイネーブルメント」を簡潔にわかりやすく解説していきます。1.セールスイネーブルメント(Sales Enablement)とは?セールスイネーブルメントとはどんな意味で使われている言葉なのでしょうか。米国ではかなり一般的になってきていますが、日本ではまだまだこれから注目されていくコンセプトだと思います。セールスイネーブルメントツール「CardPicks」を運営する弊社ではこのコンセプトの定義を次のように定めています。セールスイネーブルメントとは、顧客の購買フェーズに沿って営業コンテンツや各種情報を営業チームや顧客に適切に提供することで、営業組織の生産性を向上させ、顧客のサクセスを実現する試みのことです。2.セールスイネーブルメントが注目される背景なぜ、セールスイネーブルメントの考え方が注目を集めているのでしょうか。その背景には大きく3つの要因が考えられます。一つには、SFA・CRMが普及し、その有効性と限界が周知されたこと、二つ目には、法人顧客の購買行動が変化したこと、三つ目には、ハイパフォーマンス人材の不足があげられます。順を追ってみていきましょう。①SFA・CRMが普及し、その有効性と限界が周知されたセールス・マーケティング分野のここ10年間を振り返ってみると、MA、SFAやCRMといった新しいツールが広く普及し、定着したことが挙げられます。ツールの導入によって企業現場で何が変わったかというと、最も大きな点は「見える化」できるようになったことでしょう。リード獲得施策の費用対効果が数値で見えるようになり、案件管理、顧客管理が数値で把握できるようになりました。しかし、一方で多くの企業が導入以前に期待していた、営業力を強化・底上げし、受注率や売上を向上させることにはあまり寄与しなかったようです。そのため、SFAやMAツールで扱うことのできない分野として、営業力の標準化・強化を促進するセールスイネーブルメントが注目されているのです。 ②法人顧客の購買行動の変化近年、顧客から見た営業担当者の提案力は相対的に低下している可能性があります。このグラフは法人顧客が課題解決する際に調べたり、相談したりする相手やモノを調査した結果です。営業担当者に相談する順番が後回しにされていることがよくわかります。つまり消費者としてネットで解決策を調べ、商品・サービスを比較検討することが当たり前の時代となったことで、法人担当者もまず営業マンに相談してみる、という購買行動が減ってきているのです。一方でアンケートの第一位に位置するのは、「専門家に聞く」ことです。ネットで簡単に情報が集められる時代において、営業担当者は提案力を強化し、「専門家」としての立ち位置で適切な提案ができるようになることを求められているのです。③ハイパフォーマンス人材の不足セールスイネーブルメントによる営業提案力の底上げが求められる3つ目の理由は、少子高齢化による採用難によってハイパフォーマンス人材が不足してきていることが挙げられます。現在の人材マーケットでは、以前と比べて優秀な営業担当者を採用することが難しくなってきています。しかし、一方で多くの企業で売上目標は上昇し続けています。つまり、採用以外の手段による目標達成を実現するために既存人材の生産性向上、すなわち営業力強化によってカバーする必要が生まれてきているのです。こうした背景から、多くの企業でチーム営業力の底上げを求める動きが生まれ、セールスイネーブルメントが注目されるようになってきているのでしょう。 3.セールスイネーブルメントが解決する課題と得られる効果3-1.セールスイネーブルメントが解決する課題それではセールスイネーブルメントを進めることによって企業のどんな課題が改善されるのでしょうか。一例として次のようなものが挙げられます。多くの企業で共通してみられる課題です。営業資料が散在している、資料の効果が分からないセールスイネーブルメントが解決する課題の一つに「営業資料」に関するものが挙げられます。Docurated社のレポートでは、営業担当者が1週間の中で営業資料を探したり、編集したり、新しく作ったり、顧客に送ったりするのに費やした時間の調査結果が報告されています。その結果を見ると、営業担当者のうち全体の4分の3が、1週間のうち3~6時間以上もの時間を営業資料に費やしています。1ヵ月の平均では、26時間もの時間を営業資料に費やしているという結果が出ています。なぜ、それほど多くの時間を本質的に営業活動に直結しない業務に費やしているのでしょうか。例えば、営業資料が個人のPCに保存されていて欲しい資料がすぐに見つからないという経験はないでしょうか。営業資料は、営業部で共通して使用されたり、営業支援部やマーケティング部がが制作する場合などがあります。ひな形の資料はグーグルドライブや社内サーバなどで保管され、全員が共通してアクセスすることができますが、顧客の業種や企業規模、関心などに合わせて営業担当者が資料をアレンジしていくうちに、そのまま各人のPCに資料が保存されてしまうという事態になっていきます。また、上記の調査では営業資料が常に最新の状態に更新され続けている、と回答した企業は全体の14%にとどまっています。多くの企業では、営業資料が更新されないまま営業活動を行っており、また更新作業にも多くの時間を取られています。営業資料に関する課題として、もう一点指摘するならば資料の有効性に関する問題があげられます。多くの場合で見過ごされがちですが、今現場で使われている営業資料が本当に効果を上げているのか、なかなか把握できていないのではないでしょうか。特に数値で資料の有効性を把握することは非常に難しのではないでしょうか。営業スキルの属人化二つ目の課題として、営業スキルの属人化が挙げられます。ここで言う営業スキルとは、商談を上手く進める能力のことで、顧客のニーズを的確に引き出す質問力や把握力、そして顧客の課題をもとに適切な提案を行える提案力のことをさしています。一般的に営業力とも言い換えられますが、こうした商談スキルにかかわるスキルは、マニュアル化が難しかったり、経験に依存する部分が多いなど様々な要因から「属人化」してしまっているケースが多いようです。しかし、営業力は受注成果にダイレクトに関わるため、グラフのように営業担当者ごとの売上の差が大きくなる要因の一つとなっています。営業スキルが属人化してしまい、他の営業メンバーに共有・還元がなかなか上手くいかないという問題は多くの営業チームで当てはまるのではないでしょうか。営業知識の偏り顧客との商談の場面で提案に説得力を持たせる一つの要素として、営業担当者の「知識量」があります。知識量とは、自社の商品知識や他社商品の知識、業界全体の最新動向や、過去の導入事例など、提案に具体性や説得力を持たせる引き出しのことです。しかし、こうした営業知識は一朝一夕で身に付くものではなく、業務経験の長さや本人の自助努力、その時々の教育体制など様々な要因によって左右されます。そのため、チームのメンバー間で、知識の量や幅、理解度に差が出てしまうことが多々あり、営業担当者ごとの売上に差がついてしまうことの一因となっているといえるでしょう。3-2.セールスイネーブルメント導入で得られる効果それではセールスイネーブルメントを導入した企業は、実際にどのような効果を上げているのでしょうか。日本ではコンセプト自体がまだ普及し始めて間も無いため、本格的な調査結果はあまりありませんが、Docurated社のリサーチ「2018-2019 Sales Enablement Trends Report」では次のような数字が出ています。セールスイネーブルメント導入による効果・71%の企業で営業担当者の生産性を向上・56%の企業で営業担当者の受注率が向上・21%の企業で商談までのリードタイムが短縮もう一つ、こちらの調査結果もアメリカ企業(Accent Technologies社)によるものですが、セールスイネーブルメント導入によって生じた効果についてまとめています。・本来の営業活動に集中できる時間が週4時間増える営業担当者が顧客に提供する情報やコンテンツを探す際に、資料が散らばっていたり、最新のバージョンがどこにあるのか分からないために生じていた無駄な時間が26%削減され、本来の営業活動に集中できる時間を週4時間増加させました。・営業担当者の顧客対応が5倍速くなる営業担当者たちの間で、顧客の各フェーズにおける最適な顧客対応のためのコンテンツが共有されたことにより、顧客に対応するスピードがそれまでの5倍速くなり、より多くのお問い合わせに対応できるようになりました。・営業チームのマーケティングチームへの不満が減少するセールスイネーブルメント導入により、資料を利用する側の営業担当者と資料を作成する側のマーケティングチーム(または営業支援部)との間でやり取りが増加し、営業側がマーケティング側の活動に関わる機会が増え、共通認識が生まれました。その結果、営業担当者のマーケティング部門への不満が減りました。(Accent Technologies社調べ)このようにセールスイネーブルメントにいち早く取り組む企業は効果を上げていることが分かります。 4.セールスイネーブルメントにおけるコンテンツの役割と範囲セールスイネーブルメントにおけるコンテンツは大きく分けて二つの「役割」に分類することができます。一つは顧客向けの営業コンテンツです。フェーズごとの顧客の意思決定を手助けするためのコンテンツであり、営業チームから顧客に向けて提供されます。もう一つは、営業チームのための社内向けコンテンツです。これらのコンテンツの役割は営業チームのスキルや知識を育成することです。また、コンテンツはそれぞれ顧客フェーズごとに「範囲」を分類することができます。顧客の購買フェーズ(=カスタマーパス)は、大きく分けて「認識フェーズ」、「購買フェーズ」、「導入フェーズ」に分かれます。営業チームが顧客の前進を上手く促すにはカスタマーパスの各フェーズにおいて適切なコンテンツを提供することが必要となります。具体的に見ていきましょう。4-1.営業コンテンツの管理(共有・数値化)営業コンテンツには商談時に使用する営業資料を筆頭に、例えば成功事例やケーススタディ、お客様の声など購入を後押しするコンテンツ、あるいは導入後に活用される導入ガイドラインなど、多岐にわたります。多くの企業では営業活動において様々な営業コンテンツを活用していることと思います。一方で営業コンテンツが社内で分散している、最新のバージョンが共有されない、コンテンツの効果を数値で把握できない、などの課題も抱えているようです。セールスイネーブルメントにおける営業コンテンツの管理とはまさにこれらの課題を解決することを目的としています。どのコンテンツがどれだけ活用されたか、どのタイミングで使われたか、そしてどのような成果につながったかといった情報を収集し、コンテンツの貢献度を分析できるようになります。営業コンテンツの貢献度とは、すなわち顧客フェーズを前に進めることに寄与したかという点に尽きます。優秀な営業担当者がどんなコンテンツを使っているか、といったノウハウを共有し、またそうした情報をフィードバックしていくことで、より貢献度の高いコンテンツを数値で把握できるようにします。4-2.スキル・リテラシー向上セールスイネーブルメントの対象となるコンテンツは顧客向けのものだけではありません。例えば、トークスクリプト、あるいは商談の記録音声、人材研修のメニューなど、営業チームのスキルやリテラシーを向上させるための社内向けコンテンツも含まれます。自社に関しての情報を蓄積・共有することによって、社会から見た自社の評価など、社内の認識が統一されていきます。顧客の声や事例をもとに改めて自社について考える機会や社内での共通の話題が生まれます。また、最新の業界動向をチームで共有することもあるでしょう。海外や国内含め、業界で起きている情報をチームで共有することによって、社内の認識が統一され、共通言語が積み上がっていくのです。一つのトピックについて議論し、深めていくことでただ共有され流れていく情報から、活用される生きた情報となります。こうしたコンテンツは、スキルやリテラシーを向上させるために単に利用・消費されるのでなく、利用者の利用頻度や活用段階、理解度まで可視化していきます。 4-3.カスタマーパス(認識、購買、導入)営業担当が顧客のフェーズを前進させるために重要なことは、顧客のカスタマーパスに沿って、適切なタイミングで適切なコンテンツを提供することです。カスタマーパスとは、顧客が課題や機会に向き合い、情報を収集し、決定を下し、サービスを導入するプロセスのことを指しています。カスタマーパスの各フェーズは「認識フェーズ」、「購買フェーズ」、「導入フェーズ」の3通りに分類することができます。認識フェーズ顧客が自社商品の存在を認知する認識フェーズでは、顧客の課題と解決方法への理解を深められるコンテンツを提供し、カスタマーサクセスのイメージを与えることが重要です。顧客向けの営業コンテンツとしては、ビジネス向けのホワイトペーパーやブログ記事、導入事例などがあります。このフェーズでの社内向けコンテンツとしては、例えば業界や顧客の課題、競合情報、またテレアポの際のトークスクリプトなども含まれます。購買フェーズこのフェーズの目標は、様々な選択肢のなかから顧客にとって最も良い決定を下せるようサポートすることです。自社においてどのように課題を解決するか、という具体的なレベルでの関心を満たす必要があります。顧客向けのコンテンツとしては、よりその顧客の状況に即した提案・営業資料が該当します。社内向けコンテンツとしては、例えば想定される顧客の質問に対してどのように対応するかといった回答集や商談のトークスクリプトなどが該当します。導入フェーズ導入フェーズでは販売された商品の価値が、しっかりと顧客に届き、浸透するまでコミュニケーションをとることが重要となります。顧客向けコンテンツとしては、導入の手順を示したガイドライン、よくある質問への回答集などがあります。社内向けには、導入解説のための営業資料や導入チェックリスト、アカウント管理リストなどが挙げられます。セールスイネーブルメントの考え方ではカスタマーパスの段階ごとに適切なコンテンツを提供していきます。そのためにコンテンツを充実させ、営業担当がすぐにアクセスできる環境を整え、そしてそれらを使いこなせるようになることが肝心だといえます。5.営業コンテンツを充実させるセールスイネーブルメントとは、顧客向けや社内向け問わず、上記で述べたような営業コンテンツの質と量を充実させていくことだといえるでしょう。営業コンテンツを充実させることには、「効率化」と「生産性向上」という二つのメリットがあります効率化とは、すなわち営業資料作成にかかる時間と労力を短縮することをさしています。現場でよくあることですが、同じ内容の資料が何度も作られてしまう状態を防ぐことが目的です。もう一つのメリットとして「生産性向上」が挙げられます。ここで言う生産性とは、カスタマーパスに沿った顧客のフェーズを効率的に前進させることを指しています。受注率を向上させることとも言い換えることができます。より優れたベストプラクティスとしての営業資料にチームメンバーがアクセスできるようにすることで、カスタマーパスを前に進めやすくなるのです。6.適切にコンテンツを提供すること=カスタマーパスを前に進めることここまで見てきたようにセールスイネーブルメントとは、営業コンテンツを拡充し、チームに適切に提供することで営業力を向上させる仕組みです。しかし、コンテンツを拡充すること、あるいは営業力を向上させること自体はセールスイネーブルメントの目的ではありません。この試みの最大の目的は、顧客のフェーズを前に進めること、すなわちカスタマーパスに沿って営業していくということだと言えると思いますつまり、ゴールは顧客のカスタマーパスに沿ってカスタマーサクセスを実現していくことであり、そのために必要な営業スキルや各種情報を活用していこう、という試みなのです。